sakurasakuras
狂想曲→カプリチオ
協奏曲→コンチェルト
狂詩曲→ラプソディ
幻想曲→ファンタジア
五重奏曲→クインテット
交響曲→シンフォニー
四重奏曲→カルテット
奏鳴曲→ソナタ
鎮魂歌→レクイエム
追奏曲→カノン
夢想曲→トロイメライ
夜想曲→ノクターン
輪舞曲→ロンド
笑曲→スケルツォ

Twitter / kaishin_twet (via maido3)

  • 前奏曲→プレリュード
  • 小夜曲→セレナーデ
  • 交声曲→カンタータ
  • 円舞曲→ワルツ
  • 行進曲→マーチ
  • 行列舞踏曲→パヴァーヌ

(via ona)

  • 聖譚曲→オラトリオ

ですって。使ったことないけど

(via myk0119)

「ベストとワーストの案を考え、ベストの案を捨て、ワーストの案を実現可能な案に落とし込む」という発想法は初めて知りました。これは面白い方法です。経験談ですが、ベストな案を考えようしても、なかなか思いつきません。一方、ワーストな案なら比較的楽に思いつけます。メチャクチャな案でもいいのだから。
教授「(環境保護団体について)あの人達はでかい生き物が好きなんですよね。その方が『動物守ってる自分たちカッコイイ』って解りやすいから」 この教授やっぱ最高だ。
Twitter / すぺつなず (via igi) (via uessai-text) (via johnnys) (via reretlet) (via gkojaz) (via gkojay) (via mmmmmmmmmy) (via orekane) (via otsune) (via hanemimi)
bohemea:

Jessica Brown Findlay - Glamour UK by Walter Chin, November 2012

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Jessica Brown Findlay - Glamour UK by Walter Chin, November 2012

混乱しているのは頭だけ。疲弊しているのは身体だけ。不足しているのは資金だけ。枯渇しているのは才能だけ。大丈夫や。俺は絶対に大丈夫や。

え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません

弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません

虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています

***

自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です

個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです

種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)


そして自然というものの特徴は、「無限と言っていいほどの環境適応のやり方がある」ということです

必ずしも活発なものが残るとは限らず、ナマケモノや深海生物のように極端に代謝を落とした生存戦略もあります
多産なもの少産なもの、速いもの遅いもの、強いもの弱いもの、大きいもの小さいもの、、、、
あらゆる形態の生物が存在することは御存じの通り

「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです

そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです

10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります


「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります

人間の生存戦略は、、、、「社会性」

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です

どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました

生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)

「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ
あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です

遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です
例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです

(「生まれつき目が見えないことが、どういう状況で有利になるのか?」という質問をしないでくださいね。それこそ誰にも読めないことなんです。自然とは、無数の可能性の塊であって、全てを計算しきるのは神ならぬ人間には不可能ですから)


アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね
ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです

その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです

だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです
「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです


我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです

フランス人が「えっ?イギリス人?あいつら頭おかしいよ 朝から塩味のもの食べるし、車が道の左側走ってんの」って言ってた 「それ、日本もです…」って思ったけど黙ってた
Twitter / @fkgw (via jinon)
bohemea:

Jessica Brown Findlay - Glamour UK by Walter Chin, November 2012

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Jessica Brown Findlay - Glamour UK by Walter Chin, November 2012

最後に、宿題がユーウツなよい子のみんなに、とっても役に立つ実用情報を。友人のアニメ評論家・藤津亮太さんがネットに書いていた読書感想文のコツです。こういう流れで書けばよいのだそうです。

・その本をどこで手に取ったのか
・その本のどこをおもしろそうと思ったか
・本の概要
・実際に読み始めてみてどう思ったか(長い文章にするには、ここをストーリーの展開に合わせてやる)
・一番心に残った場面はどこか
・どうして心に残ったのか

 なるほど!と目からウロコです。子どものときコレを知っていれば、もっと楽ができたのに。

「アジャイル開発を取り入れようよ」。筆者はこうした意見を聞くと恐ろしさを感じる。これはプロジェクトに深刻な構造的欠陥があることを示す初期の危険信号であることが多いからだ。そして、良かれと思ってこの破滅的な意見を述べた人物が問題の一部であることも多い。

アジャイル開発しようよ—「良かれと思って」の罪深さ - ZDNet Japan

翻訳記事だけど、日本でも同じだと思う。

(via tatsukii)
minamaruco:

Tibetan Yak Dance

Georgie Badiel @ Aminaka Wilmot spring 2010

Georgie Badiel @ Aminaka Wilmot spring 2010

赤ちゃんに侵入されたくないところには手前に人工芝を置くといいという話を聞き、話半分で100均で1枚買ってきたところ効果覿面で、めがたんおもちゃがそっちに転がっただけで泣くほどになってしまってむしろ可哀想なくらい。これはもはや結界である。ここに神殿を建てよう。